かつて、言葉の力を皆が信じていた。傷ついた時、悲しい時、生きる勇気を思い出すための名詩を集成。金子みすず、宮沢賢治から茨木のり子まで。 |
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文芸/詩・詩集/詩・詩集(日本)

■父に 江國香織
病院という
白い四角いとうふみたいな場所で
あなたのいのちが少しずつ削られていくあいだ
私はおとこの腕の中にいました
たとえばあなたの湯呑みはここにあるのに
あなたはどこにもいないのですね
むかし
母がうっかり茶碗を割ると
あなたはきびしい顔で私に
かなしんではいけない
と 言いましたね
かたちあるものはいつか壊れるのだからと
かなしめば ママを責めることになるからと
あなたの唐突な
――そして永遠の――
不在を
かなしめば それはあなたを責めることになるのでしょうか
あの日
病院のベッドで
もう疲れたよ
と言ったあなたに
ほんとうは
じゃあもう死んでもいいよ
と
言ってあげたかった
言えなかったけど。
そのすこしまえ
煙草をすいたいと言ったあなたにも
ほんとうは
じゃあもうすっちゃいなよ
と
言ってあげたかった
きっともうじき死んじゃうんだから
と。
言えなかったけど。
ごめんね。
さよなら、
私も じきにいきます。
いまじゃないけど。
posted by sizuku at 03:20|
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